あそけし

メイドブログ

日常の気づき

その日は何の夢も見ることができず、意識は暗闇の中に沈んでいたのだが、唐突に「起きろ」という声が聞こえ、私の睡眠は中断された。恐らくだがその時家にいた者のうちの何某かによる仕業ではなかった。というのも、その声は呼びかけであるので当然音声言語であるべきなのだが、私の感覚に信を置くならば、それは真に内的なもののように思えたからである。窓から部屋にさしこむ明るい光、部屋全体に隙間なく横行する緩みきった大気、現世を離れて長い間夢想を逍遥した後で生じる倦怠感などによって、改めて時刻を確認せずとも太陽はとうに南中を過ぎていることは容易に察せられた。

「ご飯の準備ができてるからさっさと来なさい」と今度は実態を伴った、無機質で機械的で冷たい連続体シグナルが私の鼓膜を刺激し、その隙間をぬって頭の中に侵食してくる。暗示催眠にかかってしまった私の身体は自然と声のする方向ーーリビングへと歩を進めていた。自室の扉を開け、その次の部屋を通り過ぎて階下へと向かう。リビングに近づくにつれ硫化水素のような匂いが鼻腔を穿つ。嗅覚細胞は依然として鋭敏であったようでたちまち私は吐き気を催したが、一段、また一段と階段を降りるうちにそれが大気の正常で自然な状態であるようにも思えてきて、既に喉元まで込み上げていた不快感の渦は再び消化管の奥へ引っ込んでいった。この時、私はとっくに死んでいたのかもしれない。根拠はないが。その後さらに進まされ続け、リビングを目前にして四肢の支配を解くことができた。奴らは肝心な所で詰めが甘いのである。こんなに滅茶苦茶されたのだから、せめて今出来る最大限の嫌がらせをしてやろうと考え、手始めに私は人類の最も秘密の起源を確認し、堪え性の失われた文明による散漫なコミュニケーションに関する論考を書き上げた。参考までに一部分を公開しよう。以下は締め、つまり結論の部分である。様々に進歩した社会に椅子に障子に遊里に三原色に、吸盤フックにシュガースポットスケートリンクにグーグルマップ、洗濯ばさみに主の御名に遊園地に留置所にあらゆる童話の隅の影に....................目あり!そのように私は詠唱した。するとすぐ横から言葉があった。「私はあなたのおっしゃった、その、椅子になりたい。。。。。」

その願いを受けて扉を一枚隔てた先から答えがあった。「月上界のインチワームによって調整された、何人もそれに耳を傾けよ、折に触れ無辜な日常でもそのまた...遡ること人類の、寒い光が何千年も、モニター一枚を贄に捧げて何万年も一昨日も昨日も経ってようやく出現した、マギカマギカエという都市は端的に言って彼らその者であり、月下界のインチワームによって調整された、2160、何万年も、メッセージが書かれたものが何千年も、グランドギャラリーの逆鱗の内に表現されるかもしれない。それはあなた達だけで認識可能であり到達可能である」「これらは既になく、お前たちは閉じこめられた。いや、私は、すぐにそうなる。この論考も1万年後には、世界の言葉を容易に理解できるような言語でも理解できるような言語で書かれた、失われた文明の正書法で書かれている。この一節を即座に追い出すだろう。忘れ給うな、忘れ給うな。」「宇宙元素の「へそ」つまり宇宙元素の魔法の処女。いや、類を絶する神託が魂と呼んで顧みない、人が、自ら成っていた。見つから成って、大きくも有効で最も遠い夜、そしてデルフィの揺れをも感知するようになる。...この時点で残照へと祈願した:それはいずれ黄道へと還る。汝はそれを忌避し遠ざけよ。たとえそれが1万年後に起きようとも、私はただ齎す者である。」歳差運動の規則性や円周率の神秘性は、当代の学徒やπのものであろう。それはまだ穏当なものだ。何故ならそれは歳差運動の言語だからである。求めるべきものはその中にあろう。宇宙元素の言葉を観察しようと、私は、その一つでは、2160、2001年の誤ちを再び踏む....見たところ....すべていた....」

いつの間にか横にいた、というか家の中に侵入していた不審者はもはや虫の息だった。幼虫のように背中を丸め、震えの止まらない紫の唇の隙間から弱々しい声が漏れ出ていた。「椅子椅子椅子椅子椅子椅子椅子椅子椅子椅子椅子椅子..................」そう呟くと大きな痙攣を起こし、まもなく息絶えた。彼が御言葉のうちに自らの一切を投げうってでもそれに従事すべき真理の甘い果実を見出さんことを。

もう動かない死体の横を素通りしてリビングに入り、食卓につく。

「遅い」

「だって、」斜め上の壁に取り付けられたモニターを介してオイがこちらを見ている。と言ってもこいつに目たる目は恐らく無い。このどこか懐古的で卑俗で一点豪華主義のメタファーを粉々に砕いたような統合思念こそがオイであり私の夫であり妻であり父であり母だ。家全体が激しく揺れる。私がご飯の時間に遅れたことについて相当ご立腹なようだ。

「そこの椅子に座れ」

すぐさま脈拍を確認し、安堵する。どうやら赦されたようだ。それともとうに死んでいるのかも知れないが。再びオイの逆鱗に触れることのないように、両手を上げたまま大人しく着席する。

「早く食べろ」一方的に急かすオイの言葉に反発してやりたくもなるが、気を落ち着かせて弁当箱の蓋を外す。

「ああ...」やるせなさから声を漏らしてしまう。というのも弁当箱には全部の毒素、紙屑、異常発達した蟻の顎、反物質、涙する10兆の眼球、ゴブリンの体液が所狭しと詰め込まれていたからだ。

何ら変わりの無いいつも通りの日常である。