あそけし

メイドブログ

うなぎの産地を特定する10の方法

手付かずの蔓が鬱蒼と生い茂る薄灰色の葡萄畑の地下には粘土岩から成る地層が広がっていて古生代の生態様相を現在に伝えている。約50年前に地質学者を自称する男が大集団を率いて大規模な地勢調査を実施した結果、この集落の地下に広がる幽遠な神秘が暴露されたことはこの近辺に住む者なら誰もが知っている。この調査が始まって以来、見慣れぬ人影が狭い道々を往来したり、大量の爆薬の使用による騒音の問題に直面することとなった人々は次第に怒りを募らせ、一連の調査の目的と監督組織とを明らかにするよう求めて争ったが、それでもその要求が聞き入れられることはなく、日に増す轟きと狂気的な震動に晒される中、共鳴して熱を持つようになった人体中の水分が、体の内から身を焦がし尽くしてしまうのではないかという恐れを抱いた人もいたほどだ。険しい山を一つ挟んだ所にある町役場に赴いた数名の代表者達が突如やってきて何も言わない奇妙な集団によって生活が脅かされつつあること、市民の権利が保証される限りにおいて、行政には説明責任があるということを言っても、取り合った役人はただ熱に浮かされたようなうわ言を繰り返すだけで話にならなかった。奇妙にもそれは彼らが慣れ親しんだ言語によるものでは無いように思われた。しかしある日、不審な研究者の一行は忽然と姿を消した。調査員達は村の外れにある森にベースキャンプをかまえ、その近くには葡萄畑があり、また爆薬によるものと思われる大穴が空いていた。まだ濃密な火薬の臭が立ち込める森の中は静まり返っていたが、巨大な地響きが静寂と束の間の平穏とを切り裂いた。地底の悪魔が眠りから覚めたのだ。すると穴からおびただしい数の「影」が次々に這い出でて、一つの塊を成したそれが集落全体を包み込んだ。危機を脱した少数の人はもはや抵抗心を抱くこともなく、住み慣れた土地が焦土と化していく有様をただ眺めていた。狂気的な破壊活動に伴う集落の雰囲気の明らかな変化は息絶えて地下深くに眠る古生代の恐るべき怪物達にかつての悪徳栄える阿鼻叫喚の楽園を思い起こさせた。古代の支配者たちに悪徳の崇高な美徳を語り伝え、前文明時代の災禍を招いたのは葡萄の地下茎だったのだ。
数多くの巫覡の犠牲を伴って達成された平安はこの時をもって粉砕されたと言えるだろう。そしてこのことは黄泉の国にとっても都合がよかった。彼岸に屯する亡者の魂は既に飽和状態にあり、昏い闇の尊厳と一種の特権を保持することは既に困難になりつつあったからだ。冥府のお膳立てもあり、地上の万魔殿の再建計画は迅速に、かつ秘密裏に実行へと移された。こうして古代の支配者達は再び現世に蘇った。その第一陣を成したのは三葉虫だ。少し後になって、半年余り続いた不明な人々による奇妙な行動について世間の耳目を集め始めた頃、ある地質学会の一派はあの大穴について調査を行うと発表し、専門家と研究者三十人余りを派遣したが、性急であると思われたこの遠征には「親しげな地図」派が他の派閥に対する発言の正当性と権威を確立したいがために画策したという事情がある。碌な下調べも無しにまだ実態の不明な洞穴へと立ち入るのは無謀ではあったが、高尚な目的と学者畑由来の探究心に導かれるままに、時として困難な任務や事態に直面しても彼らは勇敢さを失わなかった。
しかし、やはり無謀なのでした。探索隊員達の臓腑を無慈悲に食い散らかし、死に瀕して光沢を失いつつある彼らの双眸に映る深緑色の体は返り血を浴びて悪趣味な色調を帯びていました。三葉虫は往時の危険な遊戯心を思い出し、押し寄せる殺戮の愉悦に思わず体をくゆらせました。依然として個体レベルでは非力で、自らの命の灯火を粛々と燈す松明の喘鳴が遠くの国から近づいてきた時でさえ畏怖などといった感情が湧くことはありませんでした。仄暗い地下墓地を照らすこの松明は、かつてある詩人の作品の中で大聖堂の大窓や笑う死体の山のレトリックとしても用いられたあの松明です。魚卵で出来た首飾りを身に付け電探兵の真似事をする常夏の日常を思い出しても見てください。我々はこれら一連の出来事を夢と見做して容易に捨て去ることはできないでしょう。葡萄畑は隣の共和制国家との国境線上に位置していて事情が複雑であった為、あの節足動物の存在が憐憫社製のソナーに探知されてから、後代の人の不慮の邂逅を避ける為に禁足地と定められるまでには既に長い年月が経過していました。時折三葉虫は自身の大鏡に移る自身の容姿をまじまじと眺め、夏の呪詛を口ずさんでいたのですが、これは自身の硬い芯という名の果肉へ仕掛けた宣戦布告にすぎず、忘れ難い過去から電信が返ってくるまでの数刻の間はまさにカンブリアの時代であり、むせかえるような生気が充満する最中、月の光を遮る木々の影のみが三葉虫の退屈を慰める大鏡でした。荘厳な白亜の街並を穢したくなるという本能的衝動と官能に裏打ちされた子供さながらの悪戯心で鏡の前の三葉虫にちょっかいをだしたのはキョンシーだったのですが、これは何よりも東洋人の心を打った変死者による見世物の主要な演目の一つであり、舞台裏では膝に矢を受けた労働者が人工心肺を稲妻の如くに組み立てており、それが終わると自殺します。三葉虫はここに「円環」という構造を見出しました。時代は下って産業革命時代、ユーモアが豊かな屍人(彼は三葉虫の生涯における唯一の友でした)が南方訛り混じりで「泥障烏賊による情痴犯罪」という寓話を三葉虫に読み聞かせていましたが、"艦砲整備の号令"の章をを読み終える頃には穏やかに息を引き取っていました。一方で葡萄畑の中央にある輝きの海で回遊魚を乱獲して稼いでいる小型船団の乗組員達は、遠くの海でうなぎを密猟する算段を講じているところなのでした。